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「塩竈文化村」とは(2018年6月17日)

印刷用ページを表示する 更新日:2019年12月2日更新

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地域の人たちに「文化村」として親しまれる、梅の宮・長沢地区(塩竈文化村)の成り立ちなどを紹介する歴史案内板が、塩釜長沢郵便局(塩竈市梅の宮3-51)前に設置されました。
これは、歴史的建造物の保存活動などのまちづくりに取り組む「NPOみなとしほがま」が設置したものです。
6月17日日曜日には、梅の宮町内会の皆さんが参加して案内板の設置のお披露目がありました。
NPOみなとしほがまボランティアガイドの武田喜徳さんが、昭和3年頃の塩竈文化村の写真や分譲地の平面図などを使って、文化村の成り立ちなどを説明すると、参加した人たちは「今の○○さんのお宅のところ」などど、当時の写真と現在の場所を重ね合わせていました。
また、武田さんは地域の歴史シンボルとして、この案内板を通して、地域の人たちに知ってもらい、周りの人たちにも伝えてもらいたいと話していました。

【塩竈文化村】は、大正時代に田園調布や大阪千里山と同じ田園都市の思想に基づき、「日本の公園の父」と呼ばれた東京帝国大学教授本多静六とその弟子で講師の永見健一学士の設計で、梅の宮・長沢地区に造成、分譲されました。
当時は、モダンな二階建ての木造家屋や洋館が建ち、知識人や資産家が別荘や住宅として居住し、現在もその面影を残す建物が点在しています。

(6月17日塩釜長沢郵便局)

平成30年塩竈文化村1平成30年塩竈文化村2
平成30年塩竈文化村3平成30年塩竈文化村4

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