塩竈市トップページ

文字サイズ
拡大
標準
  • 島案内ブログ
  • アンケート
  • English
  • ご利用規約
  • サイトマップ
  • お問い合わせ

ホーム > 遊ぶ・学ぶ > 浦戸の歴史 > 災害 > チリ地震津波

ここから本文です。

更新日:2012年10月1日

チリ地震津波

災害(チリ地震津波)

 市内の被害状況

昭和35年5月24日未明、チリ地震津波が三陸沿岸を襲いました。
塩竈湾を前ぶれも無く2.7mの大津波が直撃し、北浜・海岸通一帯には漁船や観光船が打ち上げられ、死者2名、負傷者76名、家屋流出1戸、全壊33戸、床上浸水835戸を出したのをはじめ、浅海漁業・農商工業・土木港湾等に甚大な被害を被りました。
損害は、11億円に及びました。

写真 塩竈港の様子 写真 線路上の漁船

津波後の塩竈港の様子です。陸上にあったもの等が、津波の引き潮で海に入り、港内も船の航行が出来ないほどでした。
海岸から遠いはずの線路(仙石線)にも漁船が打ち上げられました。

 浦戸地区の被害状況

津波警報は、前日からテレビ・ラジオで発せられ、消防団も市警備本部からの指令で出動していました。
多少平常時とは異なる潮流・潮位の動きは見られましたが、大きな被害は誰も予想しませんでした。
朝6時頃、津波警報のサイレンが鳴り、海岸をみると、異常な引き潮で、明らかな津波の前兆でした。
その後、石浜水道を「ドドドドドーッ」ともの凄い勢いで、大きな山が波頭をたてて折り重なり松島湾へなだれ込んでいき、野々島から対岸の石浜が高波で見えなくなってしまったそうです。
住民は高台に避難していましたが、そこから見える津波は、平常の波と違い、海底が盛り上がり沖の島々は海水に没し、田畑も堤防を越えてきた津波のため、一瞬のうちに海になってしまったそうです。
電気・電話も使用できなくなり、また、船があっても使用できない状況にあっては、隣の島の状況も分からない状態がしばらく続きました。
農業・漁業の被害は甚大でしたが、人畜の被害はほとんど無く、数件の浸水のみだったことは、不幸中のさいわいでした。

写真 引き潮写真 押寄せる津波写真 民家を襲う津波

津波時の寒風沢水道の様子。海底が見えるほどに潮が引いた後大量の波が押し寄せました。

写真 平常時の寒風沢水道

上は平常時の寒風沢水道。比較すると異常な潮位の動きが分かります。

写真 津波被害1 写真 津波被害2 写真 津波被害3

津波が引いた後の寒風沢の桟橋の様子です。頑丈に作られている岸壁・物揚場にもひび割れ・崩れがあり、津波の力の大きさが分かります。

写真 津波被害4 写真 津波被害5 写真 津波被害6

 市営汽船の被害状況

市営汽船には、当直の職員がいましたが、津波の前ぶれで、潮が引き、干上がった海に船が傾いているのを発見します。すぐに、ラジオの津波情報や、浦戸の職員から電話連絡がありますが、状況を把握しきれません。
当直職員の連絡で、船舶職員が集まってきますが、「ゴウオー」というものすごい音と共に山のような大波が押し寄せてきました。
当時就航していた「すわん丸」は避難準備をしていた乗員を乗せたまま、つづいて「八汐丸」も打ち上げられます。
浦戸に停泊していた「吉田丸」は美女ヶ浦に避難。「第二すわん丸」は津波の返しを利用し海中に引き戻し、一万トン岸壁へ避難しました。
「すわん丸」は、自衛隊や遠藤造船所の協力で海に引き下ろされました。
この影響で、市営汽船は3日間運休となりました。

写真 塩竈港の復旧作業 写真 道路上に打ち上げられた船

写真 船撤去作業

市内に打ち上げられた船の様子。

 チリ地震津波記念の碑

昭和51年7月、寒風沢の農漁協・同区有志が、その被害状況を後世に伝えるため建立したものです。
碑の裏面にその当時のことが詳しく刻まれています。

写真 チリ地震津波記念の碑

碑文
昭和35年5月24日黎明を破って来襲した津波は寒風沢沖に面する前浜・韮浜・要ノ浜・元屋敷の各堤防を決壊し怒濤と化して揚陸せり。水田17.919ヘクタール、畠地4,506ヘクタールが埋没冠水し、倒壊家屋1戸、浸水家屋二十数戸和船十数隻大破し、電話、電灯の送電架線柱の倒壊、断線により寒風沢を始め浦戸全島は孤立化せり、島民は只茫然自失あるのみ。漁業協同組合の発議により、区長、消防団長と相諮り津波復旧対策本部を結成、塩竈市浦戸東部漁業協同組合内にこれを設置し、被害の調査、確認、飲料水の確保、井戸の衛生消毒、通信連絡等、塩竈市役所津波対策本部との緊密なる連携を保つこと久し。これよりさき決壊堤防の復旧作業にとりかかれり。耕地の荒蕪塩害を怖れる地元住民はもとより、隣接桂島、石浜、野々島、吉津浦地区等より消防団員、一般人を含む多数の応援と、陸上自衛隊松島航空基地よりヘリコプターが飛来し被災状況の連絡にあたれリ。
一方塩釜海上保安部内火艇、地元動力漁船により堤防復旧用米俵13,000余俵を塩竈市役所水産農商課の指揮で搬入宮城県仙台土地改良事務所の技術指導に依り元屋敷堤防の応急築堤工事を完了せり。この挙に臨み、本県三浦義男知事は浦戸諸島を海岸保全法の指定地域となせり。
昭和39年7月、桃和田、元屋敷、大迎、平戸、前浜及貝ノ浜囲い、23ヘクタールを土地改良工区に定め、塩竈市浦戸東部農業協同組合営により土地改良事業が着工され、昭和40年3月完成せり、ために営農改善への端緒となりぬ。まことに災を転じて福となす喩えの如し。ここに寒風沢高潮対策堤防第一次工事の完工を記念し、チリ地震津波来襲16周年を省みて島民の復旧への情熱とこれをうけて国政に結んだ故衆議院議員愛知揆一先生の霊に捧げ人々への警鐘となす。
昭和51年5月25日

関連のリンク

お問い合わせ

所属課室:産業環境部浦戸振興課(市営汽船係)

宮城県塩竈市港町1-4-1(マリンゲート塩釜内)

電話番号:022-361-7710