すばり地蔵の伝説 寒風沢の日和山に、縛地蔵と呼ばれる石像があります。しかしこれは地蔵といっても地蔵さまではありません。盧遮那仏(るしゃなぶつ)の像であります。 そのむかし、港繁栄時代、この港に集る女どもが、その恋人の出港をとめるため、この像に祈願して荒縄を巻いたので、縛地蔵と呼ばれるようになったのです。 伝説によると、寒風沢港が繁盛したころ、料理屋に「さめ」という、きりょうのよい女がいました。彼女は、愛し合っていた若者が遠く船出するのを悲しみ、船を一日でも引きとめたい一念から日和山に登りました。そしてこの地蔵を荒縄でしばり 「船を引きとめてください。引きとめたら解いてあげます。」 と、願をかけたのです。ところが、その夜から翌日にかけて暴風雨となり、船は出られなくなったのです。それ以来、この仏は娘たちによって、ときどきしばられることになりました。 「しばり地蔵」は、この地方で「すばり地蔵」と呼ばれるようになったのです。 さきごろ、この有名な地蔵にお参りしたときは、しばったまま朽ちたらしい縄が、そのひざにずり落ちていました。これは願が叶えられたうれしさに、ほどきにくるのを忘れたためか、それとも次の木皿甚句の一節のように、女の思いが達せられず、出港して行って再び帰らなかった船方がいたため、そのまま縛られていたというのだろうか。 沖を眺めて、ほろりと涙 空とぶかもめが、うらめしい。 この仏は、何百年もの星霧に、すっかり古びてしまったが、いまやしばられることもないままに、静かに松やぶの中に、南面して座りつづけているのです。 日和山は寒風沢桟橋からまっすぐ南にある高台で、ここにはしばり地蔵だけでなく十二支方角石等もあります。 しばり地蔵は、まっすぐ沖の方を向いていて、まるで波風の動きを操っているよう。この様子を見て「さめ」はこの仏に願をかけたのでしょう。 海に近い高台とあって眺めも抜群です。
寒風沢の日和山に、縛地蔵と呼ばれる石像があります。しかしこれは地蔵といっても地蔵さまではありません。盧遮那仏(るしゃなぶつ)の像であります。 そのむかし、港繁栄時代、この港に集る女どもが、その恋人の出港をとめるため、この像に祈願して荒縄を巻いたので、縛地蔵と呼ばれるようになったのです。 伝説によると、寒風沢港が繁盛したころ、料理屋に「さめ」という、きりょうのよい女がいました。彼女は、愛し合っていた若者が遠く船出するのを悲しみ、船を一日でも引きとめたい一念から日和山に登りました。そしてこの地蔵を荒縄でしばり 「船を引きとめてください。引きとめたら解いてあげます。」 と、願をかけたのです。ところが、その夜から翌日にかけて暴風雨となり、船は出られなくなったのです。それ以来、この仏は娘たちによって、ときどきしばられることになりました。 「しばり地蔵」は、この地方で「すばり地蔵」と呼ばれるようになったのです。 さきごろ、この有名な地蔵にお参りしたときは、しばったまま朽ちたらしい縄が、そのひざにずり落ちていました。これは願が叶えられたうれしさに、ほどきにくるのを忘れたためか、それとも次の木皿甚句の一節のように、女の思いが達せられず、出港して行って再び帰らなかった船方がいたため、そのまま縛られていたというのだろうか。 沖を眺めて、ほろりと涙 空とぶかもめが、うらめしい。 この仏は、何百年もの星霧に、すっかり古びてしまったが、いまやしばられることもないままに、静かに松やぶの中に、南面して座りつづけているのです。
日和山は寒風沢桟橋からまっすぐ南にある高台で、ここにはしばり地蔵だけでなく十二支方角石等もあります。 しばり地蔵は、まっすぐ沖の方を向いていて、まるで波風の動きを操っているよう。この様子を見て「さめ」はこの仏に願をかけたのでしょう。 海に近い高台とあって眺めも抜群です。
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