木田の大蛸 野々島 毛無囲に、木田という白砂の浜がある。 むかしは、ここは田圃であったそうで、海底にはその跡が残っている。 むかし、ここに大蛸がいて、帆走船や櫓で漕ぐ舟の底に吸いついて、舟足をとめたり、舟中の人を海中に引きづり込んだり、夜になると陸に上がり、畑の芋や、作物を荒らすなど、村人たちをなやませていた。 「困ったことだなや、畑のものは荒らされるし、魚とりにも、めったにでられねぇし、このままでは、村はつぶれてしまうなや。なんとか、あの大蛸をやっつける工夫は、なかんべえかや。」 村人たちは、何回となく寄り合っては、知恵を出し合って、いろいろやってみたが、いつも失敗を重ねるだけであった。 当時は、この島に酒屋の信助という「モグリ」の名人がいた。 村人たちは「信助」といろいろと相談した。 「信助さんや、お前は村一番のモグリの名人だが、あの大蛸をやっつける、ええ工夫があんめぇか。なんとかうめぇ手を考えてけろや。」 信助は、 「ほだなや、あの化けもの蛸を退治するには、足を1本1本切り取るしかなかんべなや。」 村人たちは、それは名案だとのことに決まり、この役目を信助が引き受けることになった。 大蛸を見つけることは、難しいことではなかった。 分銅島(石浜の向かいにある島)ほどもある大頭を下にして、岩石を抱いて、8本の足を長々と伸ばし、寝込んでいる様子である。 さっそく海中刀でまず1本を切り取り「鈎おもり」で引き上げてみて、一同腰を抜かさんばかりに驚いた。 1本の足の長さ20丈、吸盤は飯茶碗ほどもあるという。 信助は3日がかりで、7本まで切ることに成功した。 そして、最後の8本目の足を切り取るために、水にもぐったところ、信助はいつまでたっても水面に上がってこない。 村人たちは大騒ぎになり、海中いたるところを探したが、大蛸ともども信助の姿を発見することができなかった。 木田の浜は、野々島の毛無崎地区の南側にある、幅100mまで満たない、満潮時には浜が無くなってしまうような小さな浜(中央の赤の部分)です。 写真では分かりづらいですが、陸側からこの浜に行く道路はなく、船で行く以外にここへ行く方法はありません。 市営汽船からは、石浜と寒風沢の間を航行中、北側に見えます。 すぐ東側に、展望台もある千代崎が南に大きく張り出しており、外洋からの波がさえぎられ、穏やかな浜です。また、この浜は遠浅で、この大蛸が棲んでいたのは、黄色で塗りつぶしたあたり。 蛸にとっても住みやすい環境だったのではないでしょうか。 地元の漁師さんが、この付近で、魚を捕るための籠(魚が入ると出られない仕掛になっている網を張った箱)での漁を行う時と、蛸がよく入っているということです。
野々島 毛無囲に、木田という白砂の浜がある。 むかしは、ここは田圃であったそうで、海底にはその跡が残っている。 むかし、ここに大蛸がいて、帆走船や櫓で漕ぐ舟の底に吸いついて、舟足をとめたり、舟中の人を海中に引きづり込んだり、夜になると陸に上がり、畑の芋や、作物を荒らすなど、村人たちをなやませていた。 「困ったことだなや、畑のものは荒らされるし、魚とりにも、めったにでられねぇし、このままでは、村はつぶれてしまうなや。なんとか、あの大蛸をやっつける工夫は、なかんべえかや。」 村人たちは、何回となく寄り合っては、知恵を出し合って、いろいろやってみたが、いつも失敗を重ねるだけであった。 当時は、この島に酒屋の信助という「モグリ」の名人がいた。 村人たちは「信助」といろいろと相談した。 「信助さんや、お前は村一番のモグリの名人だが、あの大蛸をやっつける、ええ工夫があんめぇか。なんとかうめぇ手を考えてけろや。」 信助は、 「ほだなや、あの化けもの蛸を退治するには、足を1本1本切り取るしかなかんべなや。」 村人たちは、それは名案だとのことに決まり、この役目を信助が引き受けることになった。 大蛸を見つけることは、難しいことではなかった。 分銅島(石浜の向かいにある島)ほどもある大頭を下にして、岩石を抱いて、8本の足を長々と伸ばし、寝込んでいる様子である。 さっそく海中刀でまず1本を切り取り「鈎おもり」で引き上げてみて、一同腰を抜かさんばかりに驚いた。 1本の足の長さ20丈、吸盤は飯茶碗ほどもあるという。 信助は3日がかりで、7本まで切ることに成功した。 そして、最後の8本目の足を切り取るために、水にもぐったところ、信助はいつまでたっても水面に上がってこない。 村人たちは大騒ぎになり、海中いたるところを探したが、大蛸ともども信助の姿を発見することができなかった。
木田の浜は、野々島の毛無崎地区の南側にある、幅100mまで満たない、満潮時には浜が無くなってしまうような小さな浜(中央の赤の部分)です。 写真では分かりづらいですが、陸側からこの浜に行く道路はなく、船で行く以外にここへ行く方法はありません。 市営汽船からは、石浜と寒風沢の間を航行中、北側に見えます。 すぐ東側に、展望台もある千代崎が南に大きく張り出しており、外洋からの波がさえぎられ、穏やかな浜です。また、この浜は遠浅で、この大蛸が棲んでいたのは、黄色で塗りつぶしたあたり。 蛸にとっても住みやすい環境だったのではないでしょうか。 地元の漁師さんが、この付近で、魚を捕るための籠(魚が入ると出られない仕掛になっている網を張った箱)での漁を行う時と、蛸がよく入っているということです。
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