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石浜の昔話・伝説(雨降石のこと)
雨降石のこと


 石浜地区の畠中と呼ばれるところの上部、平森と津森国有林の境界線頂上の嵯峨地に、3個の3尺ばかりの石があります。

 その中に、笠のような形をしている石が、雨降石と呼ばれています。
 いつの時代からそう呼ばれているかは分からりませんが、旱魃(かんばつ)の時、その石を叩くと必ず雨が降ると言い伝えられ、日照りの続く年には、付近の村落からこの石を叩きに来島する人が、今でもあるそうです。

 石浜の雨降石は、維新後、物質文明、科学的進歩の道程上忘れられていましたが、明治40年頃、松島町北部の人が、日照りに困り、古い古い伝説を知って、この石を叩きに来島しました。

 島の人達も、この伝説を思い出し、それがきっかけとなり、雨乞いのため、わざわざ来島する人が増えたのだそうです。

 このような信念は、多くは迷信から来るものでしょうが、旱魃で稲が枯れたり井戸水が枯れたりするなか、万事尽した後は、天に祷るよりほか無いのですから、「迷信」と片付けるわけにも行かないのでしょう。

 そもそも、この説の起源は、大昔、石浜の人達が、相州雨降山(大山とも阿夫利山とも呼ばれる)大山石尊大権現を尊信して、山上にこれを祀る山の神、すなわち大山祗ノ神を崇拝したのが元で、相州の雨降山は、頂上がいつも雨霧が降っていて、登山崇拝者の浄衣を湿し、その神体は1個の大きな巌石を祀って石尊大権現と称して山の神を祀っており、関東では霊場として大山詣として参拝者が多かったのです。
 それを、石浜の信者が、この場所に石尊大権現の山神を勧請してここに祀ったそうです。

 こうして、樹木の濫伐を戒め、杣(そま:木を切る人、きこり)が入林するのを禁じ、木を切ると祟りがあるとして戒めました。
 毎年、年末に門松用の松などの木を切るのにも、他の島に行って切る風習があったそうです。

 「神様に、木を切らないことを誓うならば、蝮を住まわせない。」との言い伝えもあり、石浜・桂島には今も蝮は住んでいません。いつの時代かに、杣(そま)を蕎麦(そば)と替え、蕎麦も栽培しなくなったそうです。

 現在、石浜には、「石浜神社」があります。
 雨降石から北西の位置に祀られてありますが、祭神は木ノ花咲耶売命(大山祗神の女)、花園法皇、聖徳太子の三柱で、山の神三社と呼ばれています。
 この社は旧本石浜と呼ばれる場所の岬角上にあり、文安年中、中屋敷善三郎という人の祖先が氏神として祀ったのを、宝暦9年、中屋敷善三郎をはじめとする地区の人達が産土神として崇め、社殿を造営して祭祀したそうです。

 雨降石に祀れる石尊権現の方は、社殿が無いために崇敬が薄くなっているのではないでしょうか。
 いずれにしても、山の神、雨降石尊権現になにか因縁があるのだそうです。

地図 桂島   
 雨降石は、桂島で一番標高の高い場所にあります。
地図 雨降石 写真 雨降石 写真 雨降石からの眺め
 標高約50mということもあり、眺望も中々です。
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