鯨島の浄瑠璃 太平洋岸の宮城郡浦戸村朴島に「鯨島」という面積五町歩ばかりの小島がある。 大昔、松島から小舟に乗って、この島に来た一人の緋の衣をまとった老僧が、島に上がったきり、その後どうなったものか、一向姿を見せなくなった伝えられている。 ある夜のこと、朴島の漁師で「平八」と呼ぶ若者が夜釣りに出かけ、鯨島から1丁ばかり隔てた海上に小船をとどめて一生懸命に釣りしていた。 すると、不思議にも、あたりに人がいるはずのない海上に、どこからともなく、 「平八…、平八・・・」 と自分の名を呼ぶ声がする。 漁師の平八は耳をすませてよく聞くと、その声は鯨島の巌頭から話されるものであることが分かった。 この夜更けにこの離れ小島から俺の名を呼ぶわけがない。多分狐狸の仕業だろうと思ったので、平八は気にもとめづ、相変わらず釣りしていると、今度は耳ぎわで法螺貝でも吹きたてるような大声に変わり、 「平八…汝は誰にことわって、わが領分に来て漁をするのじゃ…。密漁者として、そのまま捨て置かぬぞ。」 怒鳴りつけられたので、若者平八の血の気は急に沸き立った。 「ふざけるない・・・畜生…狐狸の分際で人間さまをからかうなんて、ほんとに怪しからん畜生だ・・・。」 あべこべに怒鳴りつけると、巌頭の人声は更に大きくなった。 「密猟者のくせに、口返答とは益々許し難い。それ、軍兵ども、急ぎ舟を出して平八を召し捕り参れ。」 下知の声に応じて、無人島であるはずの小島に、幾千万の群集とも思える大人数の気配がし出したばかりか、海上には軍兵を満載した舟が現われ、平八の小船目指して漕ぎ寄せてくる様子に、平八も俄かに恐れをなし、釣りどころの騒ぎじゃないと、一生懸命に舟を漕いで、朴島に逃げ帰り、村人たちにこのことを話した。 血の気の多い若者たちは、 「そりゃ面白い。明晩は、われわれ一同で押しかけ、畜生の正体を見届けてやろうじゃないか。」 と相談が忽ちまとまり、次の夜、竹槍・樫棒を用意して昨夜の場所に舟をとめて、待ち構えていた。 すると昨夜のとおり、鯨島の巌頭から声がして、 「平八…昨夜にもこりず、図々しく再び来るは横着なり・・・汝等は賤しい漁師に生まれた哀れさに、まだ舟いくさのもの凄さを知らぬであろう。わが法力によって源平屋島の合戦を、目の前に現して見せてやるから、一同びっくりするな。」 といったかと思うと、今まで真っ暗であった海上一面に、幾百幾千という大提灯が灯され、真昼の様な明るさに変わった中に、源平両軍、白旗・紅旗をひるがえし、矢弾を飛ばして相戦う光景のすさまじさ。 平八をはじめ漁師一同はあっけにとられて、しばらく呆然と見とれていた。 その上、ご丁寧に浄瑠璃まで入れて見せられたので、何のことはない。弁士つきの無声映画か、お芝居でも見物する気で、漁師一同はとても面白がった。 と思っているうちに、今までの光景はパッと消えて、以前の闇に変わり、 「なんと恐れ入ったか…恐れ入ったら今晩は生命だけは助けてつかわすほどに、早々にたち帰れっ。」 という声だけが聞こえた。 それからこの付近で夜釣りをする者はいなくなった。 時折付近を航行する舟人が、島の上から上手な浄瑠璃の流れてくるのを耳にすることがあったと言われている。 たぶん古狸の仕業であったろうと、今に言い伝えられている。 朴島は、市営汽船では、最後の寄港地。桟橋から鳴瀬町(東名)が見え、島の高台に登れば、石巻もすぐ近くに見えます。 位置的には、鳴瀬町や松島町の方が塩竈よりも近くなっています。 松島から来たこの老僧は瑞厳寺から来たのでしょうか。 鯨島は、朴島の北西に位置します。赤い部分がそうです。大きい方が「大鯨島」、小さい方が「小鯨島」です。
太平洋岸の宮城郡浦戸村朴島に「鯨島」という面積五町歩ばかりの小島がある。 大昔、松島から小舟に乗って、この島に来た一人の緋の衣をまとった老僧が、島に上がったきり、その後どうなったものか、一向姿を見せなくなった伝えられている。 ある夜のこと、朴島の漁師で「平八」と呼ぶ若者が夜釣りに出かけ、鯨島から1丁ばかり隔てた海上に小船をとどめて一生懸命に釣りしていた。 すると、不思議にも、あたりに人がいるはずのない海上に、どこからともなく、 「平八…、平八・・・」 と自分の名を呼ぶ声がする。 漁師の平八は耳をすませてよく聞くと、その声は鯨島の巌頭から話されるものであることが分かった。 この夜更けにこの離れ小島から俺の名を呼ぶわけがない。多分狐狸の仕業だろうと思ったので、平八は気にもとめづ、相変わらず釣りしていると、今度は耳ぎわで法螺貝でも吹きたてるような大声に変わり、 「平八…汝は誰にことわって、わが領分に来て漁をするのじゃ…。密漁者として、そのまま捨て置かぬぞ。」 怒鳴りつけられたので、若者平八の血の気は急に沸き立った。 「ふざけるない・・・畜生…狐狸の分際で人間さまをからかうなんて、ほんとに怪しからん畜生だ・・・。」 あべこべに怒鳴りつけると、巌頭の人声は更に大きくなった。 「密猟者のくせに、口返答とは益々許し難い。それ、軍兵ども、急ぎ舟を出して平八を召し捕り参れ。」 下知の声に応じて、無人島であるはずの小島に、幾千万の群集とも思える大人数の気配がし出したばかりか、海上には軍兵を満載した舟が現われ、平八の小船目指して漕ぎ寄せてくる様子に、平八も俄かに恐れをなし、釣りどころの騒ぎじゃないと、一生懸命に舟を漕いで、朴島に逃げ帰り、村人たちにこのことを話した。 血の気の多い若者たちは、 「そりゃ面白い。明晩は、われわれ一同で押しかけ、畜生の正体を見届けてやろうじゃないか。」 と相談が忽ちまとまり、次の夜、竹槍・樫棒を用意して昨夜の場所に舟をとめて、待ち構えていた。 すると昨夜のとおり、鯨島の巌頭から声がして、 「平八…昨夜にもこりず、図々しく再び来るは横着なり・・・汝等は賤しい漁師に生まれた哀れさに、まだ舟いくさのもの凄さを知らぬであろう。わが法力によって源平屋島の合戦を、目の前に現して見せてやるから、一同びっくりするな。」 といったかと思うと、今まで真っ暗であった海上一面に、幾百幾千という大提灯が灯され、真昼の様な明るさに変わった中に、源平両軍、白旗・紅旗をひるがえし、矢弾を飛ばして相戦う光景のすさまじさ。 平八をはじめ漁師一同はあっけにとられて、しばらく呆然と見とれていた。 その上、ご丁寧に浄瑠璃まで入れて見せられたので、何のことはない。弁士つきの無声映画か、お芝居でも見物する気で、漁師一同はとても面白がった。 と思っているうちに、今までの光景はパッと消えて、以前の闇に変わり、 「なんと恐れ入ったか…恐れ入ったら今晩は生命だけは助けてつかわすほどに、早々にたち帰れっ。」 という声だけが聞こえた。 それからこの付近で夜釣りをする者はいなくなった。 時折付近を航行する舟人が、島の上から上手な浄瑠璃の流れてくるのを耳にすることがあったと言われている。 たぶん古狸の仕業であったろうと、今に言い伝えられている。
朴島は、市営汽船では、最後の寄港地。桟橋から鳴瀬町(東名)が見え、島の高台に登れば、石巻もすぐ近くに見えます。 位置的には、鳴瀬町や松島町の方が塩竈よりも近くなっています。 松島から来たこの老僧は瑞厳寺から来たのでしょうか。 鯨島は、朴島の北西に位置します。赤い部分がそうです。大きい方が「大鯨島」、小さい方が「小鯨島」です。
Copyright(C) 2006 Shiogama City. All rights reserved.